部屋にいっぱいのフルーツ。林檎。
週末には父の49日の法要が行われて、
これで、私の喪が明けます。
3月11日の大災害から一月半ほど過ぎた頃、
延命治療を施す事もなく、父はすっと息を引き取りました。
たくさんの思い出と、たくさんの思い。
与えられたものの大きさと比例して、こみ上げる気持ちは
涙とともに溢れていきます。そして、不思議と父は
きっとこう言うだろうと声が聞こえてきて、家族みんな、
最後には笑い出しています。
先祖代々お世話になってるお寺のお坊さんの付けてくれた法名は、
父の名前から一字とって、_喜心といいます。
あまりにシンプルなその新しい名前に、私と家族はとっても
勇気づけられました。まさに、父はそんな人でした。
無事に父をおくりだすことが出来て、落ち着いていま、
私は少し晴れやかな、パワーアップした気持ちです。
そして、父の人生を祝うべく、ちゃんと顔を上げて、
私はこれからも、ずっと喜びのなかで、喜ぶ気持ち、
人を喜ばせる気持ちを忘れずに、生きて行きたいと思います。
大好きなみなさんに、励ましや、あたたかい気持ちを頂いているのを
とても感じています。そして、ふれるごとにほんとうに嬉しく、
心から感謝の気持ちでいっぱいになります。
みなさま、大変ありがとうございました。
喪というのはやっぱり、生きてる人のためにあるんだなあと思います。
なのであと少しの間、大事に過ごしたいと思います。
といってもいつも通り、絵描いたり、創ったり、本読んだり、
次のはどんなふうにしよっかなって考えたりなのですが。